大師寺 お知らせ

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お知らせ

大師寺 からのお知らせ

2011年12月18日

神は死し、そして・・・

ところで、今はよい意味で使われる「絆」が、かっては否定的に使われていたことがあるのをご存じだろうか。「絆」は「ほだし」と呼ばれ、それはもともと牛や馬の脚をつなぐ綱で、それによって歩けないようにしておくものだった。そこから転用され、平安時代など、出家をしようとしても、「家族のほだし」によって決心できない、というように用いられた。つまり、せっかく出家の意志を妨害するものと考えられたのである。

逆に言えば、「家族の絆(ほだし)」を断ち切っても、人間は仏とつながることによって幸福に生きることができた。つまり、ここでも個人を支えるものとしての仏という存在の確信があったのである。

日本人はだんだんと個人主義的に生きようとしている。しかし、その支えとしてのキリスト教を受け入れないとすると、日本人はそれなりに、個人を支える大いなる存在について思いをめぐらす必要があるのではないだろうか。血縁も「イエ」も支えとしない。そして「家族の絆」を断ち切ってしまったら、「キレる家族」になってしまう。そのような現象が生じてきつつあるし、今後も増えそうに思われる。これを防ぐためには、日本人はよほど考え、努力をしなくてはならない。

・・・・・・河合隼雄「縦糸横糸」より・1998.6/30。